日法協と私(小杉 丈夫)
「この中で君が一番若い!」1977年、初めて出席した日法協の会合で、伊藤正己先生(当時 最高裁判事)から声をかけられた。35才だった。日法協には、アメリカ法曹協会を念頭に、法曹界の垣根を取り払い、学者も含め、もっと往来自由なものにしよう、という熱気があった。総会後の懇親会や、送迎バス内の会話を含めた見学会、夕食会は、その得がたい機会だった。
アメリカのPeople to Peopleという団体の来日を機に、1989年、原田明夫さん(後に検事総長)を中心に、日法協が主体となって実現した「法と日米関係」シンポも記憶に残る。弁護士出身で、クリスチャンでもある元最高裁長官 藤林益三会長の講演は、アメリカの聴衆の心に深い感銘を与えた。
2001年の司法制度改革を経て、法曹一元への指向は、かえって後退したように見える。分断とAIの時代、もう一度、日法協創設の理念に立ち戻って、法律関係者間の交流を活性化し、広い視野をもって議論できる場を構築する必あると改めて思う。
【小杉 丈夫(こすぎ たけお:東京弁護士会、弁護士法人松尾綜合法律事務所)】
6年間裁判官として勤務し、Harvard Law SchoolのLL.M.Visiting Scholar を経て、パリ、ニューヨークの法律事務所で研修し、国際仲裁、国内外の訴訟、倒産案件など、日本法と外国法、国際法が混り合う法分野を幅広く扱っている。また、会社更生事件の管財人、社外取締役、社外監査役などを務めた経験を踏まえ、企業買収、国際取引の種々の契約書作成など、企業法務に関する案件も扱っている。ローエイシア会長、国際民商事法センター理事等を通じ、西欧諸国のほか、中国やアジア諸国の弁護士、諸団体とも緊密なネットワークを築いている。当協会の国際交流委員長も務めている。